空港からのバスの中

 今の私には何もない。行動で外殻だけでも作り出すこともできなければ、肝心の中身だって空っぽだ。無価値。つまらない人間になってしまった。昔は社会の役になんて立ちたくないと思っていたけれど、実際ここまで無能な人間になるなんて。恥ずかしい。人間の形をしているが、肉があるだけという感じ。ここがジャングルなら真っ先に死んでいる。若くして交通事故で亡くなった人のニュースを見ると、ああ、羨ましいな、と思う。

 空港から帰るリムジンバスに乗っている。バス座席の頭部を覆うスモーキーな水色のカバーが、日が沈んだ後の仄暗い海と空のように見える。

 鳥取で、砂と海を見てきた。砂漠の疑似体験が出来るかと思ったが、砂丘砂丘だった。巨大な砂の塊のてっぺんから深い青色の海を見下ろし、全身を叩く砂つぶの嵐に向かって歩いた。きめ細やかな砂で出来た丘の稜線が、横たわる女の体のように見えた。

 遊覧船に乗った。波が高く、カヤックも小型船ツアーも出来なかったが、かろうじて遊覧船だけは便が出ていたのだ。日本海を見るのは初めてだった。かなり揺れますよ、と言われ、実際予想の5倍は揺れた。胃と波のタイミングに意識を保っていないと、すぐに持っていかれそうだった。船は上下左右に傾き跳ねて、ジェットコースターの浮遊感を千切って何度も重ねたようだ。船乗りにならなくて良かったと思った(進路に悩み悩むのに疲れ、一度本気で船乗りになろうかと考えたことがある)。ワンピースやHUNTER×HUNTERの荒れた海の描写を思い出した。大きく高い波の水面を、太陽を反射した光の線が細く加速して、波のてっぺんで一つの束になり、光の道のように見えた。蟲師に出てきた光酒の川は、こんな感じだろうか。人は海に憧れ沖に出るが、結局大地に帰ってくる。搭乗員の人が説明してくれた海岸の岩場の名前や歴史よりも、ただ何もない海の水平線と大きな波の造形を何度も思い出す。