休日 父について

18:12 父が帰ってきた。ガチャンと玄関を鳴らし、ドスドスと階段を上がり、チャカチャカと忙しく手を洗う。(父が手や顔を洗う姿はアライグマに似ている。チャカチャカというより、チャカチャカチャカッ!という半角カナで聞こえてくる)

 いつもと同じ父の生活音。

 父の行動はいつも直線的で、無駄がない。黙々と必要なことをこなし、余暇を一人で静かに過ごす。いや、必ずしも静かではなく、インターネットをしながら一人でよく笑うし、趣味のギターは家中に響く。けれども行動がどこまでも一人で完結しているので、纏う空気が静かなのだ。私は騒がしいのは嫌いだけれど、何故か父のギターは平気だった。50になってギターを始めた父は、単調な練習曲を延々と繰り返す。その旋律は私の耳に、生活に溶け込み、安定と平穏をもたらした。父は淡々とルーチンをこなす。賢い野生動物のように、年老いた職人のように。

 私と父は、特別仲が良くも悪くもないと思う。父は余計な口をきかないし、お互い機嫌がいい時は二言三言冗談を言ったりもするが、無理に場を持たせるような会話はない。休日、母がパートの日は、お互い空気のように過ごす。

 優しい無関心、デタッチメント。とある映画のタイトルが浮かんだ。あの映画の主人公たちと通ずる所はまるでないが、その邦題は私たち父娘の関係を上手く言い得ているような気がする。2人分のコーヒーを淹れた。